友近は若い頃、実は旅館の中居をしていた!?昔からお笑いのセンスが抜群だった!

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友近さんは現在、女芸人として他にない芸風で活躍されています。芸人としては有吉の壁で数々のモノマネを披露したり、歌手の役で活躍されそのなりきり具合は別人と勘違いされるほど。またゴゴスマではコメンテーターを努めたり近頃は女優として活躍するなど多方面で活躍されています。

そんな友近さんの若い頃芸人時代の苦労や、どんな学生だったのかなど徹底的に迫っていきます!

ディラン&キャサリン時代

友近は昔、ディラン&キャサリンという芸で活躍されていました。

「ビバリーヒルズ高校白書」というアメリカのテレビドラマのパロディの芸です。

若手時代の代表的な作品はこのディラン&キャサリンですね、友近さんは今でこそ他とは一線を画す歌手なりきりやトーク力で活躍されている芸人ですが、当時は苦労が絶えなかったようですね。

吉本の舞台に立つも、当時から吉本のお客層は男性芸人を目当てに集まる女子高校生が多く、友近さんのネタは受けなかったんだとか。また、当時のマネージャーとの関係も悪かったようで何度もネタを書き直そうとされたようです。ですが、「自分のネタがウケるかウケないかの責任は自分だ」として譲らなかったそうですね。そんな友近さんのディラン&キャサリンネタですが、実は高校時代のある経験から生まれたんだそうです。

友近の高校時代

友近さんの高校時代に迫ります。

サンフランシスコのサマースクール

友近さんは高校1年生の時に、サマースクールに参加していました。サマースクールは、高校生の時夏の間だけ海外にいける制度です。私が中学生の時もそんな案内がありましたね。実は、当時友近さんはあまり人と話すことが得意ではなかったようで当時のサマースクール生を指導する先生からも物静かな子だったと言われていました。本人も自分は殻に閉じこもるタイプだと言っています。

ひとの輪の中心に入るというより、常に俯瞰して見ていました。『Aさんは、Bさんと喋っているときは興味がなさそうだなあ』とか。

引用:【#15】芸人・友近に学ぶ「流れを止めない即興会話」の秘訣。“求められる女”流、人付き合いのルールも | マーベラスな女たち | by.S

 

ものまねが得意な芸風柄、昔から人間観察は得意だったようです。

そんなシャイな一面のあった友近さんですが、高校3年生の卒業文集にはしっかり吉本に行きたいと書いており、卒業写真をとる時には悪ふざけをするほどお笑いの才能に溢れていました。

 

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友近さんは地元、愛媛からこのまま吉本に行き芸人を目指すのかと思いきや実は高校卒業後は大学に入った後なぜか旅館の中居として就職しその後はスカウトされたことでレポーターになるんです。友近さん曰く地元愛媛に芸人になるための情報がなく芸人になる方法が分からなかったそう。そのため、人間観察ができる職業として旅館の中居を選んだんだそうです。

今はインターネットで「芸人 なり方」なんて調べるとありとあらゆる情報が手に入りますが確かに何年?当時だと雑誌とか新聞ですからね・・・

ちなみに大学は地元の松山東雲女子大学に通っていました。系列の高校からは内部進学で入ったと思われます。偏差値は35くらいで言語文化学を研究していたそうです。サークルは高校から引き続きテニス部に入ったそうですが、体育会系の部活でプライベートでもジャージ着用しノーメークで合コンに参加したと友人から語られるなどの伝説を残すほどの打ち込みっぷりだったとか。

また、高校時代はテニス部の活動場所の近くにある鶏小屋で鶏物真似を練習したという友近さんらしいエピソードも残っています。

世間の声

世間ではこんな声があります。

友近さんも苦労されたんですね。

まとめ

友近さんは幼少期からお笑い芸人としての素質がありました。今テレビで見るのとは少し違い当時はシャイな一面がありまた芸人になるために職業を決めるなど芸に対してひたむきで努力家な一面もあることがわかりました。

そんな友近さんの活躍が今後も見逃せないですね。最後までご覧いただきありがとうございました。

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